『閉じたる箱のその鍵は』
2008年 11月 11日
北海、ロンドン南洋上。
晴天、北の風。
調査の依頼を受け、ダブリンから再びアムステルダムへ。
また、アムステルダム、である。
さすがにロクサーヌもうんざりしたのか、潮風に乱れた髪をいらだたしげに直しながら、ケルト人というのはいろいろなところにいるのですね、と溜息を吐く。
私はちょっと笑って、お前だって大きく言えばケルト人だろう、と言った。
私はフランス人ですよ、と、ロクサーヌが不思議そうな顔をした。
だからさ、と私は答えた。
…もともと、フランスはガリアと呼ばれていた。
かのガイウス・ユリウス・カエサルがガリア戦記に記したのも、要するにローマ期のフランスでの戦いの記録である。
そしてカエサルの戦ったガリア人、これはもともとケルト人のうち、ガリア系の言葉を喋る民族を指すものだったらしい。
つまり、お前さんもそのガリア人の血を引いている、ガリア系ケルト人の一派、と言うわけさ…そう言うと、ロクサーヌはなるほど、と頷いた。
横で聞いていたハーフェズが面白そうに、俺はトルコ人だからイイとして、マルコ、お前はどうなんだ、と尋ねてくる。
私は、俺は生粋のイタリア人だからな、ラテン人、つまりはローマ人の末裔って訳よ、と答える。
ロクサーヌが手を打って、それでは私と船長は生まれからして敵同士、と言うことですね、と澄まして言った。
私はハーフェズと顔を見合わせ、そして肩をすくめた。
さて、幸いにして、『アムステルダムで』の調査は意外と簡単に終わった。
先日トルクを探し回った時に出会った、レニという少女や、その親族のケルトの人々に協力して貰い、問題の部族の行った先を突き止めることが出来たのだが……
ケルト人の末裔>トルク? 確かに私の祖先はケルト人ですが、そのような話は聞いた事ありませんね…。アムステルダムに移住したケルト人の中には、さらにその後コペンハーゲンに向かった一派もいるそうですよ。そちらをあたってはいかがですか?
また北か………。
神様はどうも私を寒いところへ寒いところへと行かせたいらしい。
ユトランド半島が見えた辺りから、ぐんぐん気温が下がっていくのが感じられる。
空の色も、北国特有の鉛色…甲板で飛沫でも浴びようものなら、まるで切れるような感じだ。
私は慌てて船室から冬用の外套を引っ張り出して、くるまった。
ハーフェズが、情けないやつだな、と苦口を言ったが、そんなことを気にしてはいられない。
早く着け、と祈るような気持ちで船を操り、何とかコペンハーゲンにたどり着きはしたが、もう息も白い北の国である。
自然と足の運びが速くなる。
アムステルダムの老人に書いてもらった紹介状を頼りに、コペンハーゲンに移住した一族の長老の所へ。
この老人、一目見て何となく難しそうな年寄りだと思ったが、意外と話し好きのようで、紹介状を見せると破顔して、懐かしいのう、とレニ嬢やその一族の近況を尋ねてくる。
私がその質問の一つ一つに答えると、老人は一々そうか、そうかと笑顔で頷き、目を細めた。
私はほっと胸をなで下ろした。
情報源と有効な関係さえ築ければ、調査の仕事は終わったも同然である。
私は余裕を持って、本題を切り出した。
ところが、例の昔話の話をした途端、老人の表情は一変した。
ケルトの老人>トルク? 何じゃあんたは? 昔話を引っ張り出して何をするつもりだ?
険悪な表情の老人。
私は何か悪いことでもいったかな、と思い、実は物語に出てくる大理石の箱、らしいものを見つけたんだ、と伝える。
ケルトの老人>なんじゃと!? 大理石の箱を手に入れただと…? あ、いや…、なんでもない…
また、老人の顔色が変わった。
それまで真っ赤な顔をしていたのが、今度は真っ青である。
妙だな、と思い、何か知っているのかと聞くと……
ケルトの老人>悪いことは言わん! あんたも、その学者さんももう調査はやめて帰るんじゃ!この伝説は災いをもたらすだけじゃ! くだらないことをかぎまわるのはよしたほうがええ!
の、一点張りだ。
ロクサーヌが怪訝そうに口を開こうとしたが、私はそれを制し、老人に頭を下げてその場を去った。
少なくとも、今の段階ではこの老人の反応が見れただけでも、十分な収穫だ。
グレンも、同じ意見だった。
ダブリンに戻り、老人の様子を伝えると、
グレン>君の話によると、彼はかなり動揺していたようだな…。きっと何かを隠してるに違いない。う~ん、ここは何とかしなければ…
そう言って頷く。
そして、左右の助手に目を向けて、
グレン>何かいい方法ないかい? 君達は何か意見ないかね?
と、尋ねた。
清楚で知的な感じの女性の弟子が言う。
グレンの弟子>我々の発見を見せれば、きっとその人も心を開いてくれると思います!
……回りくどい。
意見を言う彼女には興味があるが、意見に関しては賛同出来ない。
性善説で冒険家は出来ないのだ。
すると、隣に行った、気の弱そうな男の助手が言った。
グレンの助手>え~と…、その筋の人を雇ってそのケルト人の家に忍び込んで探ってみるとか…?
見た感じより、ずっとしっかりした意見だ。
それで行こう。
私は迷い無く言った。
女性の弟子が目を剥く。
グレンの弟子>彼の方法がいいですって? 信じられません…
グレンが呆れたように、その筋の人間って、心当たりでもあるのか、と後を続ける。
ハーフェズが頷いた。
安心しろ、俺達はプロだ。
親指で自分を指差して、そう断言する。
ロクサーヌがこめかみを押さえて首を振った。
グレンが困った顔で私を見る。
ウィーアープロフェッショナル。
私は素晴らしいブリティッシュイングリッシュでそう答えた。
ロクサーヌがこめかみを押さえたまま、私を一緒にしないでください、とドスの利いた声で言った。
ハーフェズが、ロクサーヌ、お前も仲良し3人組の一人だろう、自覚を持て、と軽い調子で言い、私はワハハ、と笑い声を上げて、手を叩く。
空気にきな臭い匂いが漂う。
だが、ロクサーヌが切れる前に、グレンが切れた。
グレン>だめだだめだ! こう見えても私は自分の仕事に誇りを持っている。こんな泥棒のようなマネはできんよ。やはり正直に我々の発見をみせて、彼の良心に訴えかけてみよう
突然上がった大声に、私達3人は驚いてそっちに顔を向ける。
グレン>いいかい、ちょっとこれを見たまえ。君がコペンハーゲンに行っている間に私が見つけたものだ。大理石の箱に丸い窪みがあるだろう? 初めは私もただの窪みかと思ったんだが、どうやらこれは人の手によるものらしい
グレンは大理石の箱を示して、熱弁する。
グレン>調べてみたところ、古代のケルト社会で崇められていた太陽をモチーフにした輪らしいのだ。きっとこの箱を開ける手がかりになるに違いない!
そこまで言って、
グレン>この大理石の箱は君に預けよう。
グレンは、私の方に大理石の箱を押しやった。
真剣な顔で、私の目を見ている。
私は溜息を吐いて、ロクサーヌに出航の準備をするように命じた。
行き先は、コペンハーゲン。
そう告げて、大理石の箱を引き寄せる。
その時、ふと思った。
箱に刻まれた彫刻をよく見るとドルイドのシンボルである、宿り木も、樫の木も刻まれていない。
ただひたすらケルトのトリスパイラル…三重螺旋の文様が刻まれているのだ。
この螺旋の意味するものは、再生と復活。
昔話の通り、ドルイドの魔術の奥義を封じた箱であるのであれば、どことなくそぐわない……そして、この箱だけを見るならば、再生と復活という言葉の意味にそぐわないような、禍々しい印象を受ける彫刻だった。
たとえて言うなら、私達が砲弾用の火薬の箱に、『危険物』と書いた札をが貼り付けるように、2000年ばかり前のケルト人がこの箱に何かしらの強い意志を彫り込んだように見えるのだ。
勘…でしかないが、この箱は、何となく嫌な感じがした。
晴天、北の風。
調査の依頼を受け、ダブリンから再びアムステルダムへ。
また、アムステルダム、である。
さすがにロクサーヌもうんざりしたのか、潮風に乱れた髪をいらだたしげに直しながら、ケルト人というのはいろいろなところにいるのですね、と溜息を吐く。
私はちょっと笑って、お前だって大きく言えばケルト人だろう、と言った。
私はフランス人ですよ、と、ロクサーヌが不思議そうな顔をした。
だからさ、と私は答えた。
…もともと、フランスはガリアと呼ばれていた。
かのガイウス・ユリウス・カエサルがガリア戦記に記したのも、要するにローマ期のフランスでの戦いの記録である。
そしてカエサルの戦ったガリア人、これはもともとケルト人のうち、ガリア系の言葉を喋る民族を指すものだったらしい。
つまり、お前さんもそのガリア人の血を引いている、ガリア系ケルト人の一派、と言うわけさ…そう言うと、ロクサーヌはなるほど、と頷いた。
横で聞いていたハーフェズが面白そうに、俺はトルコ人だからイイとして、マルコ、お前はどうなんだ、と尋ねてくる。
私は、俺は生粋のイタリア人だからな、ラテン人、つまりはローマ人の末裔って訳よ、と答える。
ロクサーヌが手を打って、それでは私と船長は生まれからして敵同士、と言うことですね、と澄まして言った。
私はハーフェズと顔を見合わせ、そして肩をすくめた。
さて、幸いにして、『アムステルダムで』の調査は意外と簡単に終わった。
先日トルクを探し回った時に出会った、レニという少女や、その親族のケルトの人々に協力して貰い、問題の部族の行った先を突き止めることが出来たのだが……
ケルト人の末裔>トルク? 確かに私の祖先はケルト人ですが、そのような話は聞いた事ありませんね…。アムステルダムに移住したケルト人の中には、さらにその後コペンハーゲンに向かった一派もいるそうですよ。そちらをあたってはいかがですか?
また北か………。
神様はどうも私を寒いところへ寒いところへと行かせたいらしい。
ユトランド半島が見えた辺りから、ぐんぐん気温が下がっていくのが感じられる。
空の色も、北国特有の鉛色…甲板で飛沫でも浴びようものなら、まるで切れるような感じだ。
私は慌てて船室から冬用の外套を引っ張り出して、くるまった。
ハーフェズが、情けないやつだな、と苦口を言ったが、そんなことを気にしてはいられない。
早く着け、と祈るような気持ちで船を操り、何とかコペンハーゲンにたどり着きはしたが、もう息も白い北の国である。
自然と足の運びが速くなる。
アムステルダムの老人に書いてもらった紹介状を頼りに、コペンハーゲンに移住した一族の長老の所へ。
この老人、一目見て何となく難しそうな年寄りだと思ったが、意外と話し好きのようで、紹介状を見せると破顔して、懐かしいのう、とレニ嬢やその一族の近況を尋ねてくる。
私がその質問の一つ一つに答えると、老人は一々そうか、そうかと笑顔で頷き、目を細めた。
私はほっと胸をなで下ろした。
情報源と有効な関係さえ築ければ、調査の仕事は終わったも同然である。
私は余裕を持って、本題を切り出した。
ところが、例の昔話の話をした途端、老人の表情は一変した。
ケルトの老人>トルク? 何じゃあんたは? 昔話を引っ張り出して何をするつもりだ?
険悪な表情の老人。
私は何か悪いことでもいったかな、と思い、実は物語に出てくる大理石の箱、らしいものを見つけたんだ、と伝える。
ケルトの老人>なんじゃと!? 大理石の箱を手に入れただと…? あ、いや…、なんでもない…
また、老人の顔色が変わった。
それまで真っ赤な顔をしていたのが、今度は真っ青である。
妙だな、と思い、何か知っているのかと聞くと……
ケルトの老人>悪いことは言わん! あんたも、その学者さんももう調査はやめて帰るんじゃ!この伝説は災いをもたらすだけじゃ! くだらないことをかぎまわるのはよしたほうがええ!
の、一点張りだ。
ロクサーヌが怪訝そうに口を開こうとしたが、私はそれを制し、老人に頭を下げてその場を去った。
少なくとも、今の段階ではこの老人の反応が見れただけでも、十分な収穫だ。
グレンも、同じ意見だった。
ダブリンに戻り、老人の様子を伝えると、
グレン>君の話によると、彼はかなり動揺していたようだな…。きっと何かを隠してるに違いない。う~ん、ここは何とかしなければ…
そう言って頷く。
そして、左右の助手に目を向けて、
グレン>何かいい方法ないかい? 君達は何か意見ないかね?
と、尋ねた。
清楚で知的な感じの女性の弟子が言う。
グレンの弟子>我々の発見を見せれば、きっとその人も心を開いてくれると思います!
……回りくどい。
意見を言う彼女には興味があるが、意見に関しては賛同出来ない。
性善説で冒険家は出来ないのだ。
すると、隣に行った、気の弱そうな男の助手が言った。
グレンの助手>え~と…、その筋の人を雇ってそのケルト人の家に忍び込んで探ってみるとか…?
見た感じより、ずっとしっかりした意見だ。
それで行こう。
私は迷い無く言った。
女性の弟子が目を剥く。
グレンの弟子>彼の方法がいいですって? 信じられません…
グレンが呆れたように、その筋の人間って、心当たりでもあるのか、と後を続ける。
ハーフェズが頷いた。
安心しろ、俺達はプロだ。
親指で自分を指差して、そう断言する。
ロクサーヌがこめかみを押さえて首を振った。
グレンが困った顔で私を見る。
ウィーアープロフェッショナル。
私は素晴らしいブリティッシュイングリッシュでそう答えた。
ロクサーヌがこめかみを押さえたまま、私を一緒にしないでください、とドスの利いた声で言った。
ハーフェズが、ロクサーヌ、お前も仲良し3人組の一人だろう、自覚を持て、と軽い調子で言い、私はワハハ、と笑い声を上げて、手を叩く。
空気にきな臭い匂いが漂う。
だが、ロクサーヌが切れる前に、グレンが切れた。
グレン>だめだだめだ! こう見えても私は自分の仕事に誇りを持っている。こんな泥棒のようなマネはできんよ。やはり正直に我々の発見をみせて、彼の良心に訴えかけてみよう
突然上がった大声に、私達3人は驚いてそっちに顔を向ける。
グレン>いいかい、ちょっとこれを見たまえ。君がコペンハーゲンに行っている間に私が見つけたものだ。大理石の箱に丸い窪みがあるだろう? 初めは私もただの窪みかと思ったんだが、どうやらこれは人の手によるものらしい
グレンは大理石の箱を示して、熱弁する。
グレン>調べてみたところ、古代のケルト社会で崇められていた太陽をモチーフにした輪らしいのだ。きっとこの箱を開ける手がかりになるに違いない!
そこまで言って、
グレン>この大理石の箱は君に預けよう。
グレンは、私の方に大理石の箱を押しやった。
真剣な顔で、私の目を見ている。
私は溜息を吐いて、ロクサーヌに出航の準備をするように命じた。
行き先は、コペンハーゲン。
そう告げて、大理石の箱を引き寄せる。
その時、ふと思った。
箱に刻まれた彫刻をよく見るとドルイドのシンボルである、宿り木も、樫の木も刻まれていない。
ただひたすらケルトのトリスパイラル…三重螺旋の文様が刻まれているのだ。
この螺旋の意味するものは、再生と復活。
昔話の通り、ドルイドの魔術の奥義を封じた箱であるのであれば、どことなくそぐわない……そして、この箱だけを見るならば、再生と復活という言葉の意味にそぐわないような、禍々しい印象を受ける彫刻だった。
たとえて言うなら、私達が砲弾用の火薬の箱に、『危険物』と書いた札をが貼り付けるように、2000年ばかり前のケルト人がこの箱に何かしらの強い意志を彫り込んだように見えるのだ。
勘…でしかないが、この箱は、何となく嫌な感じがした。
by Nijyuurou
| 2008-11-11 22:40
| 『死者の祭りに日が暮れて』