『手記』
2007年 09月 18日
9月10日、マニラ。
私達は街役人の紹介でイスパニアのコンキスタドーレス、レガスピに面談した。
彼の言うところによると、やはりエレナの持つロザリオは私がフェルディナンドさんに渡したもの……マゼラン提督の持ち物に間違いないという。
そして、それを持つエレナは、フェルディナンドさんの一族ではないか、というのだ。
しかし、手記については有益な情報を得ることは出来ず、その存在すら疑わしくなってきた。
…一方で、レガスピはフェルディナンドさんのが残したという幼児キリスト像を探してみないか、と持ちかけてくる。
有益な情報がない今、あの人が残したものを探してみるのも、悪くないか………。
レガスピからの情報を元に、ブルネイのジャングルへと向かう。
ジャングルと言っても、さほど奥地というわけではない。
ただ、このあたりの土地は少し街を離れるとマングローブが生い茂ったジャングルとなっているのだ。
…だが、街から近いからと言って油断は出来ない。
エレナは、虫やらヘビやらを心配していたようだが…。
正直、一番怖いのは風土病だ。
特に、マラリアというのにやられると、命が危ない。
現地の長老曰く、香草を燻して持ち歩くなり、柑橘類を肌にすり込むと防げるらしい。
なんでも、蚊が病気を媒介しているという話だが……そのあたりは医者ならぬ私にはよくわからない。
ともかく、病気の予防さえ出来れば、それで言うことはないのだ。
だが、それを実践しようとなると、長袖を着、肌の出ている部分に果物汁を塗りつけ、香草の燻したのを香炉に入れて、異臭を漂わせながら前進する羽目になる。
………背に腹は代えられないため、私達はそれを実行することにしたが…。
何とも言えない香草の異臭と、柑橘類の匂いとベタつきに耐えながらジャングルを進むこと四半時…。
…まず、潔癖症のロクサーヌが文句を言い始め、エレナがそれに続き、ドゥルシネアが唱和した。
私はかしましい女三名の苦情を背中に浴び、助けを求めるようにマイクロフトを見たが、無言で目を逸らされた。
最近、目を逸らすのが流行っているようだが………無責任な話だ………。
ともかく、苦情を浴びつつさらに四半時ほど進んだあたりで、ようやく目的の祭壇跡を発見……調べてみると
あっけなく件の幼児キリスト像を発見した。
エレナ>すごいよ、マルコさん!ホントに見つけちゃうなんて…!
等と言われ、少々鼻高々になるが、ロクサーヌが、異教の像に現地の住民はさほど興味を示さなかったのでは、と鋭く指摘し、私の鼻は5秒でへし折れた。
傷ついた心を引き摺りつつ、マニラへと帰航。
エレナと、副官二人を伴ってレガスピの元へ行き、件の像を見せたところ、これに間違いないと言うことだが、今度は
レガスピ>しかし なんと罰当たりなことか…残念ながらこの像、背に大きな傷を負っている
等と言い始める始末。
別に正式な依頼を受けて探したわけではなし……ここまで来てクレームはないだろう、等とふてくされたことを考えていると、エレナが
エレナ>あれ、この形…このロザリオと形がそっくりだよ?
と言いだした……。
よく調べてみると、像の切れ目とロザリオはぴったり合うようになっており、思い切ってはめ込こんでみると、像が二つに割れ、中から油紙に包まれた何かが転がり出てきた。
観察が足らないんじゃない、とドゥルシネアが俺の心をえぐる様なことを言う。
私はさらに憮然とした表情になり、転がり落ちたものを拾い上げた。
……手帳のように見えるが……もしや……。
私は皆に促され、その手帳をめくった。
初めに記されていたのは、セビリアを出て、ラスパルマスへと向かう、航海の記録。
書いたのは……アントニオ・ピガフェッタ。
やはり、これがピガフェッタの手記か……!
私は唾を飲むと、声を出してその記録を読み始めた…。
素晴らしい記録だった。
純然たる航海記録、行く先々の人々とその文化、土地、地形、そして生き物達……私達が通ってきた航路…私達が見てきたものと同じ記録…そして、私達が見たことのないものについての記録までが、克明に記されていた。
…そして、その中の一節が私の目を惹きつけた。
―――1520年8月24日
これはサン・フリアン湾での反乱事件の記録……どうも、フェルディナントさんは首謀者を処罰せず、その事が副官のピガフェッタを不安にさせたらしい。
首謀者は………フアン・セバスティアン・エルカノ…。
エルカノ…あの、世界周航を成し遂げた航海者…。
イスパニアの誇る航海者が、そんなことを……?
私達の知っている情報とは全くそぐわない話だ…。
そぐわない話だけに、この挿話は私の頭に異物のように引っかかった。
そして、その後も辛く、厳しい航海の記録が続き…ようやく目的のこの香料諸島に至った、まさにその時…私はとうとう、その記録に至った。
―――1521年4月27日
香料諸島でのフェルディナントさんは武力衝突を避け、交渉によって島々の王をイスパニアの傘下に納めてきた。
だが、そのやり方に反感を抱くマクタン島の王、ラプラプと衝突し、激しい戦闘になった。
フェルディナントさんは、自ら先陣を切り、勇猛果敢に戦った。
あの人らしい話だ。
だが、戦いは多勢に無勢となり、ついには撤退を余儀なくされる。
そして、フェルディナントさんはこの戦いでわずかな手勢で、殿を努めたという。
やはり、あの人らしい話だ………。
そして…
フェルディナントさんは、死んだのだ。
かつて、フェルディナントさんの話を聞いて、冒険者はいつでも戻ってくるものだと思っていた。
しかし、現実の冒険者は常に死と隣り合わせだ。
吹けば飛ぶような小さな船を駆り、七つの海を航海する今なら、それがわかる。
だが、その危険を代償に、冒険者は自由なのだ、とも言えるだろう。
最後の記録…あの記録のフェルディナントさんは、私の知っているあの人、そのものだった。
あの人は、最後まであの人らしく戦って死んだのだ。
たとえ死を前にしても、あの人は自分の戦い方を曲げなかったのだろうと思う。
私はそれが嬉しく、そして哀しかった。
<ルール52『ルールは曲げないこと』>
私達は街役人の紹介でイスパニアのコンキスタドーレス、レガスピに面談した。
彼の言うところによると、やはりエレナの持つロザリオは私がフェルディナンドさんに渡したもの……マゼラン提督の持ち物に間違いないという。
そして、それを持つエレナは、フェルディナンドさんの一族ではないか、というのだ。
しかし、手記については有益な情報を得ることは出来ず、その存在すら疑わしくなってきた。
…一方で、レガスピはフェルディナンドさんのが残したという幼児キリスト像を探してみないか、と持ちかけてくる。
有益な情報がない今、あの人が残したものを探してみるのも、悪くないか………。
レガスピからの情報を元に、ブルネイのジャングルへと向かう。
ジャングルと言っても、さほど奥地というわけではない。
ただ、このあたりの土地は少し街を離れるとマングローブが生い茂ったジャングルとなっているのだ。
…だが、街から近いからと言って油断は出来ない。
エレナは、虫やらヘビやらを心配していたようだが…。
正直、一番怖いのは風土病だ。
特に、マラリアというのにやられると、命が危ない。
現地の長老曰く、香草を燻して持ち歩くなり、柑橘類を肌にすり込むと防げるらしい。
なんでも、蚊が病気を媒介しているという話だが……そのあたりは医者ならぬ私にはよくわからない。
ともかく、病気の予防さえ出来れば、それで言うことはないのだ。
だが、それを実践しようとなると、長袖を着、肌の出ている部分に果物汁を塗りつけ、香草の燻したのを香炉に入れて、異臭を漂わせながら前進する羽目になる。
………背に腹は代えられないため、私達はそれを実行することにしたが…。
何とも言えない香草の異臭と、柑橘類の匂いとベタつきに耐えながらジャングルを進むこと四半時…。
…まず、潔癖症のロクサーヌが文句を言い始め、エレナがそれに続き、ドゥルシネアが唱和した。
私はかしましい女三名の苦情を背中に浴び、助けを求めるようにマイクロフトを見たが、無言で目を逸らされた。
最近、目を逸らすのが流行っているようだが………無責任な話だ………。
ともかく、苦情を浴びつつさらに四半時ほど進んだあたりで、ようやく目的の祭壇跡を発見……調べてみると
あっけなく件の幼児キリスト像を発見した。
エレナ>すごいよ、マルコさん!ホントに見つけちゃうなんて…!
等と言われ、少々鼻高々になるが、ロクサーヌが、異教の像に現地の住民はさほど興味を示さなかったのでは、と鋭く指摘し、私の鼻は5秒でへし折れた。
傷ついた心を引き摺りつつ、マニラへと帰航。
エレナと、副官二人を伴ってレガスピの元へ行き、件の像を見せたところ、これに間違いないと言うことだが、今度は
レガスピ>しかし なんと罰当たりなことか…残念ながらこの像、背に大きな傷を負っている
等と言い始める始末。
別に正式な依頼を受けて探したわけではなし……ここまで来てクレームはないだろう、等とふてくされたことを考えていると、エレナが
エレナ>あれ、この形…このロザリオと形がそっくりだよ?
と言いだした……。
よく調べてみると、像の切れ目とロザリオはぴったり合うようになっており、思い切ってはめ込こんでみると、像が二つに割れ、中から油紙に包まれた何かが転がり出てきた。
観察が足らないんじゃない、とドゥルシネアが俺の心をえぐる様なことを言う。
私はさらに憮然とした表情になり、転がり落ちたものを拾い上げた。
……手帳のように見えるが……もしや……。
私は皆に促され、その手帳をめくった。
初めに記されていたのは、セビリアを出て、ラスパルマスへと向かう、航海の記録。
書いたのは……アントニオ・ピガフェッタ。
やはり、これがピガフェッタの手記か……!
私は唾を飲むと、声を出してその記録を読み始めた…。
素晴らしい記録だった。
純然たる航海記録、行く先々の人々とその文化、土地、地形、そして生き物達……私達が通ってきた航路…私達が見てきたものと同じ記録…そして、私達が見たことのないものについての記録までが、克明に記されていた。
…そして、その中の一節が私の目を惹きつけた。
―――1520年8月24日
これはサン・フリアン湾での反乱事件の記録……どうも、フェルディナントさんは首謀者を処罰せず、その事が副官のピガフェッタを不安にさせたらしい。
首謀者は………フアン・セバスティアン・エルカノ…。
エルカノ…あの、世界周航を成し遂げた航海者…。
イスパニアの誇る航海者が、そんなことを……?
私達の知っている情報とは全くそぐわない話だ…。
そぐわない話だけに、この挿話は私の頭に異物のように引っかかった。
そして、その後も辛く、厳しい航海の記録が続き…ようやく目的のこの香料諸島に至った、まさにその時…私はとうとう、その記録に至った。
―――1521年4月27日
香料諸島でのフェルディナントさんは武力衝突を避け、交渉によって島々の王をイスパニアの傘下に納めてきた。
だが、そのやり方に反感を抱くマクタン島の王、ラプラプと衝突し、激しい戦闘になった。
フェルディナントさんは、自ら先陣を切り、勇猛果敢に戦った。
あの人らしい話だ。
だが、戦いは多勢に無勢となり、ついには撤退を余儀なくされる。
そして、フェルディナントさんはこの戦いでわずかな手勢で、殿を努めたという。
やはり、あの人らしい話だ………。
そして…
フェルディナントさんは、死んだのだ。
かつて、フェルディナントさんの話を聞いて、冒険者はいつでも戻ってくるものだと思っていた。
しかし、現実の冒険者は常に死と隣り合わせだ。
吹けば飛ぶような小さな船を駆り、七つの海を航海する今なら、それがわかる。
だが、その危険を代償に、冒険者は自由なのだ、とも言えるだろう。
最後の記録…あの記録のフェルディナントさんは、私の知っているあの人、そのものだった。
あの人は、最後まであの人らしく戦って死んだのだ。
たとえ死を前にしても、あの人は自分の戦い方を曲げなかったのだろうと思う。
私はそれが嬉しく、そして哀しかった。
<ルール52『ルールは曲げないこと』>
by Nijyuurou
| 2007-09-18 23:57
| 『Circumnavigation』