大航海時代online Boreasサーバー  マルコの航海日誌


by Nijyuurou
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カテゴリ:『世界周航後日譚』( 6 )

『あの海』

太平洋

晴天、西の風。

 見渡す限りの青。

 微かな風に、優しい波がどこまでも広がっていく。

 有史以来、何人の船乗りが、この海に消えたのか。



 …マニラを経て、一路マラッカへ。

 ポルトガルの役人に捕虜と面会したいと伝え、レガスピの書いてくれた紹介状を突きつける。

 その力は絶大で、最初は胡乱な目をこちらに向けてきていた役人も、紹介状を見せた途端表情を引き締めた。
 そして、金のかかった西地中海風の応接間で待たされること暫し、先ほどよりも偉そうな役人が姿を見せ、では、こちらへ、と案内を受け、奥へと通される。

 ハーフェズが口笛を吹いた。
 どうしたんだ、と尋ねると、いつも役人からは追われてばかりだからな、と笑う。
 だったら悔い改めてビールを飲むのをやめろ、と言う私に、ハーフェズはちょっと首をすくめて見せた。


 …捕虜は小さな屋敷に軟禁状態にされていたが、果たしてその必要があっただろうか。
 
 捕虜達は皆疲れ果て、病に苦しみ、ベッドに伏したまま、呻吟している。
 航海というのは恐ろしいもので、うまくいっている間はなんて事無いが、少し星の巡りが悪くなると、船の上の人間は直ぐにこんな状態になってしまうものだ。

 そんな中、ただ一人だけしっかりとして、甲斐甲斐しく仲間の世話をして回っている若い男がいた。
  
  
 男の名は、アンドレス=デ=ウルダネータ。
 

 バスク人の船乗りである。
 おかしな男で、屈強な体にしかめ面の船乗りのくせに、片時も聖書を手放さない。
 おかげで私は彼のことを船付きの宣教師かと思ったが、そうではなく、れっきとした航海士なのだそうだ。
 
 このウルダネータから、航海の詳しい様子を聞き出すことが出来た。

 ア・コルーニャをを出た7隻の艦隊は南米南端の海峡で2隻が難破、1隻がはぐれてしまい、4隻となった。

 さらに、太平洋でも強風にさらされ、残る4隻もバラバラになり、かろうじてウルダネータの乗船していた旗艦サンタ・マリア・デ・ラ・ビクトリア号と25名の乗組員のみが、香料諸島にたどり着いたのだという。

 ウルダネータは、酷い航海でした、と表情を暗くした。


 その航海のさなか、エルカノは、死んだのだという。

 
 かつて越えてきた、太平洋のど真ん中で。

 
 まるで僧侶のように静かなウルダネータが、エルカノのことについて語る時は、その言葉の端々に熱を露わにした。

 速度も、耐久性も全くバラバラの船で構成された艦隊は何度も散り散りになり、その上、提督であるガルシアはスペイン貴族にすぎず、経験は全く不足している。

 迫り来る飢えと乾き。

 船員達の焦燥。

 その困難に立ち向かい、切り抜け、そして、25人の船員を香料諸島まで送ったのは、エルカノだったのだと言う。
 
 風と波を読み、船の位置を示して、水と食料を調達し、心折れかけた船員達をまとめ上げて。
 
 そして、彼の最後の言葉は、降雨に備えて樽を用意しておけ、だった…と、少し湿った声で、ウルダネータは締めくくった。


 私は多分、酷く複雑な表情をしていたのだろう。

 ウルダネータが、どうかしましたか、と尋ねてくる。

 私は、いや、苦労したんだな、と首を振り、立ち上がった。

 ふとみると、ロクサーヌも私とおなじように複雑な表情をしていた。


 …ウルダネータは別れ際、今回の航海で、俺は凪の続くマール=パシフィコのどこかに、風のある海域があるんじゃないかと思いました、と言った。

 まるでヒッパロスの風のようだな、と言う私に、あの男の意思を継いで、いつかその風を探してみたいな、と、笑う。

 あの男って、と私は聞いた。

 勿論エルカノ殿です、と、彼は答えた。

 あの男は素晴らしい船乗りだった、優れた冒険家だった、と。

 そして、いつか彼のような男になりたい、と頷いた。

 私は頷き返し、必ず助けが来るから、ゆっくり休んでいてくれ、と彼に手を振った。

 

 マニラでレガスピに報告をすると、彼は速やかに本国と連絡を取り、捕虜を解放しようと言った。
 やはり、彼の一存で、と言うわけには行かないらしい。
 
 何とかなるだろうか、と言う私に、何とかするとも、とレガスピは力強く頷いて答える。

 それだけで私は安心した。

 再会を約して、私達はマニラを出た。


 行き先は東の海、太平洋。


 見渡す限りの青。

 微かな風に、優しい波がどこまでも広がっていく。

 有史以来、何人の船乗りが、この海に消えたのか。


 折しもふるような星空で、甲板が星明かりで青く照らされている。

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 私達は海を見ていた。


 エルカノは死んだ。

 だが、その最後の航海の様は、私達の知っている男ではなかった。

 いや……。

 どれだけあの男のことを知っていたのか、と言うべきか。

 私達にとっては、敵だったあの男。
 
 しかし、あの男はやはり、優れた船乗りであり、冒険者だった。

 今、私達の胸にあるのは、哀惜と、弔意だけだ。

 
 ロクサーヌが綺麗な声で賛美歌を歌い始めた。


 私は帽子を脱ぐと、海に向かって十字を切った。

 隣にいたマイクロフトも。
   
 ひとしきり祈りを捧げた後、私は、ようやくエルカノがまたこの海に戻ってきた理由が分かったよ、とマイクロフトに言った。


 ウルダネータの語った、エルカノの姿。

 それはまるで、私の目に映る、フェルディナントさん……マゼラン提督の姿に見えた。

 エルカノは、マゼラン提督でありたかったのかもしれない。

 あの男は、誰よりも強く、マゼラン提督に惹かれていたのだろう。

 だからこそ、一人の男として、冒険者として、この海に戻ってこなくてはならなかったのだ。


 再び、マゼランを超えるために。

 
 マイクロフトは渋く笑って、もう一度海に向かって、十字を切った。



 ロクサーヌの賛美歌が、風に乗り、星明かりの中を静かに流れていく。


 私は天を仰いだ。


 満天の星空を横切って、流れ星が一つ、流れて消えた。

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                            世界周航後日譚 ~ Fin
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by Nijyuurou | 2008-10-19 00:00 | 『世界周航後日譚』

『その船』

香料諸島

雨天、西の風。 


 …ヤーデインでの調査は、けして順調なものではなかった。

 マゼラン提督の航路をたどれるだろうか、と言う私に、地元の船乗りは
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 と首を振る。
 かろうじて分かったことは
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 ということ。
 おそらくマゼラン提督は南米最南端の海峡から北西に流されるようにして、香料諸島にたどり着いたのだと予想される。
 
 と、いっても、太平洋に関しての調査は、この程度で十分だろう。

 …だが、もう一件のガルシア艦隊の行方の調査は、難航を極めた。 
 全く手掛かりが得られない。
 私は、艦隊はすべて海の藻屑と消えたのだ、と思い始めていた……。

 だが、調査は意外な展開を見せた。 
 噂をたどるうちに、その話が耳に入ってきたのは、調査を始めて数日後のこと。

 かの艦隊の一隻、サンタ・マリア・デ・ラ・ビクトリア号がポルトガル船に拿捕され現在マラッカに曳航されている、と言うのだ。
 
 なんとか、船の乗組員に接触したい………。

 一計を案じた私は、一路マニラへと向かった。
 
 スペイン、ポルトガルを含めて香料諸島一帯に顔の利く男を私は知っていた。
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 ミゲル=ロペス=デ=レガスピ。

 この誇り高いコンキスタドーレスは変わらず小さな屋敷で細々と暮らしており、昨年と比べて少し痩せていたが、その目は今だ力強く輝いて、変わらぬ意志の力を示している。
  
 私は、知っているかもしれないが、と前置きして、彼にガルシア艦隊の窮状を伝えると、イスパニアとしても何とかして捕虜を解放したいが、差し当たっての交渉はまだ始まっていないのだという。
 私が、これ幸いと、捕虜の状況を確かめに行くことを提案すると、レガスピは酷く驚いた顔をして、それからいつかのようにニヤリと笑った。
 
 どういう風の吹き回しかな、と言う彼に、私はガルシア艦隊捜索の依頼について、手短に説明する。
 
 レガスピは、しっかりしておる、と笑ったが、それでも素早く紹介状を書いて、手渡してくれた。
 
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by Nijyuurou | 2008-10-18 21:20 | 『世界周航後日譚』

『その行方』

セビリア

曇天、東の風。  

 一路、セビリアに帰航。

 ギルドの依頼斡旋人に結果を報告すると、斡旋人は頭を掻きながら、実は続けて同じ依頼人から仕事があるんだ、と言う。
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 私は少々意地悪い気持ちになって、またロクサーヌに頼んだらどうだ、とそっぽを向いた。
 斡旋人は汗を拭きつつ、まあ、そう意地の悪いことを言うなって、と私の肩を揉んでくる。
 私は、ふうん、と気のない返事をして、どんな依頼なんだ、と尋ねた。
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 なるほど、確かに厄介な依頼である。
 私は、遠くを見つめながら、俺今考古学者なんだよな、と溜息を吐いた。
 斡旋人は本当に焦った顔をして、そう言うなよ、技術的に問題はないんだろう、と手を合わせてくる。

 私は一つ溜息を吐いて、斡旋人から契約書を奪い取り、サインを書き入れた。

  
 例の学者は、笑顔で私達を迎えてくれた。
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 過分なお言葉も頂いたが、私は手を広げて学者を制した。

 大体、褒め言葉なんてのは、相手にろくでもない依頼をする時に言うものだ。

 …そして案の定、この依頼には条件が付いた。

 今回の依頼は、南米からではなく、東南アジアからの調査を、ということだ。
 南米からならば航路は長いが、海賊の数も少なく調査は用意だ。
 だが、東南アジアからではそうは行かない。
 海賊の数も多く、その上、あの辺りの海賊は停戦の申し出に耳も貸さない荒っぽい連中だ。

 そんな危険な航路を辿って調査をしなくてはならない理由を聞いてみると、南米からではマゼラン提督の航路はたどれないでしょう、と言う。

 なるほど、もっともな理由である。

 だが、私は気になった。


 …この学者、マゼラン提督の日誌について、どこまで知っているのだろう。
 前回の依頼からして、この学者が例の日誌の中身を知っていることには間違いない。


 私は、また、新しい世界周航艦隊がセビリアから出て行ったらしいな…学者にそう言った。
 そして、どうもエルカノが水先案内につくそうじゃないか、と付け加える。
 
 学者は、エルカノも必死なのです、と、短く言った。

 …私は眉をひそめた。
  と言うことは、日誌の内容の大まかなところは知っている、と言うことだ。

 では、そこまで知っていて、何故今更調査をする?

 私は、椅子に深くもたれ掛かって、片目を開けて相手の様子を伺った。


 ……学者は少し口ごもり、ガルシア提督の船団が消息を絶ったのです、と言った。

 
 そこでようやく合点がいった。
 
 太平洋付近を航行する船など、数は知れている。
 あの辺りの調査を行っていれば、いやでもガルシア船団の消息は耳に入ってくると言うものだ。
 それなら、私の目的は、ガルシア船団の捜索、の様なものだ。 
 
 初めから言ってくれればいいんだが、と私は息を吐いた。
 
 学者は頭を掻いて、貴方には因縁のある相手を探すことになりますからね、と困った顔をする。

 …エルカノか。

 俺は別にかまわない、と言うと、学者は、続けていただけるのですか、と驚いた顔を見せた。 

 彼の目には、私はそれほど執念深いように見えるのだろうか…そちらの方が引っかかって、思わず苦笑する。
 
 私は頷いて、立ち上がった。


 あの男には、直接会って、聞きたいことがあるのだ。

 私達は一路、東南アジアへと舳先を向けた。
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<ルール・過去にとらわれない>
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by Nijyuurou | 2008-10-15 23:21 | 『世界周航後日譚』

『あの男』

南大西洋上、『花の聖母マリア』号
雨天、東の風。  

  セビリアを出航し、一路、南米へ。
 
 途中マディラ島へ寄港して、そのまま南西へと舵を取る。
 
 サンファンかサントドミンゴを経由する航海者も多いそうだが、交易所に用のない私にとって、カリブ海への寄港は、あのあたりにひしめいているか遺族達との摩擦を招くばかりで、得る物のない寄り道だ。
 それよりも、真っ直ぐ南米を目指した方が、益がある。
 まだ外洋になれない航海者ならば、目印のない海上をウロウロすること自体が不安なものなのだろうが、私達にとっては慣れた航路である。

 幸い風には恵まれ、ノンビリとした航海が続いたが、雨が降り続いている。
 
 陸の上でも海上でも長雨というのは嫌なもので、見張りを残して、多くの船員は船内に入ったきりになっている。
  
 ……一つ自慢がある。

 多くの軍船や、一部の商船は武器、商品の積載を確保するため、船員の居住空間がひどく限られる事が多く、狭い船室に何人もの水夫が詰め込まれ、ハンモックで眠る生活を強いられるものだ。
 だが、我が『花の聖母マリア』号は武器、商品を積むスペースを極限まで削ってあり、代わりに船員の居住空間を最大限まで広げてある。
 その上、その広い船室がフルに活用されることはまずなく、大体4人分のスペースを一人の船員が使う、と言う、通常では考えられない贅沢が、日常的に行われている。
 私は私で、ガレオン船なみの広い船長室兼作戦室を確保しているし、副官用の個室も3室確保されている。
 それもこれも、価値の高い品物をごく少量積んで、素早く移動する、というこの船の特性のおかげだが、おかげで気持ちにゆとりは出来るし、疲労も押さえられる。
 長雨の時等、船員達が船室に入ったままになるのと、週一度の船室の清掃が義務づけられるのは、良し悪しではあるが……。
 
 さて、それはさておき………。 

 特に問題もなく、ブエノスアイレスへと到着。
 ウシュアイアに向かうための補給を行うため、一時上陸した。

 出航所に顔を見せたのだが、前回来た時に会った、あの気の弱い出航所の役人は姿が無く、代わりにまだ若い役人が元気に働いていて、てきぱきと補給手続きをしてくれる。

 書類に記入をしながら、マゼラン提督の話をすると
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 等と、教えてくれたが……実は、前回の航海の時に聞いた話だ。
 ただ、せっかく教えてくれるのであるから、私は何も知らないふりをして、感心しながら役人の話を聞いた。

 こうして得られる情報の中には、使えるものもある。

 例えば、一年ほど前、美しい女船長の率いる船が、この港を歴て世界周航を成功させたこと。
 ………うちの船のことだ。
 美しい、と言う辺りに反応して、ロクサーヌがもじもじくねくねとしていたが、その辺りは見なかったことにする。

 そして、ガルシア=ホフレ=デ=ロアイサ提督の率いる船団が、世界周航を期して、件の海峡を抜けていったと言うこと。
 今だ、イスパニアの外洋に対する野望は衰えるところを知らない、と言ったところだろうか。

 ……そうこうしている間に、補給も終わる。
 
 別れ際、出航所の役人は
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 不安そうにそう忠告をくれた。
 私はニイッと笑うと、ああ、みるだけにしておく、と殊勝に答える。
 役人は爽やかな笑顔で、そうした方が良い…ガルシア提督の船のように、あの海峡を抜けたことがある水先案内人がいるなら、話は別だが……そういった。
 
 私はなんの気無しに、その水先案内人って言うのは、と役人に尋ねる。

 役人は何故か得意げに、かの有名な、ファン=セバスティアン=エルカノ様が、ガルシア提督の船の水先案内人を務めているんだよ、と答えた。

 私は目を剥いた。
 隣で、ロクサーヌが息を詰めたのが分かる。
  
 エルカノ………?
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 あの男が、何故?
 
 様々な思考が頭の中を駆けめぐる。
 おそらく、ロクサーヌもそうだったのだろう。

 様子の一変した私達に役人が、どうかしましたか、と心配そうな声を掛けてきた。

 なんでもない、と、私達は答え、言葉少なに船へと戻った。


 ………パタゴニアから吹き付けてくる強い風に乗って、『花の聖母マリア』は快調に南へと航行する。

 快調ではないのは、私とロクサーヌだ。
 マイクロフトも驚くと思ったが、彼は、エルカノの話を聞いて、暫し瞑目して考えると、私は何となく分かる気がしますね、と呟くように言った。
 どういう事だ、と尋ねた私に、マイクロフトは静かに笑って答えなかった。

 
 …ともかく、エルカノの行動が私達には掴みかねた。
 
 確かに、エルカノは、かつてのように栄光を一身に集めることはなくなった。
 しかし、その権威が完全に地に落ちたわけではない。
 航海者、そして投機的な商人達の間では、エルカノ、の名は世界周航を成し遂げた偉大な航海者の代名詞であり続けている。
 
 その名前を持ってすれば、利益を生むインド、そして香料諸島への航海に一枚噛むことも、難しいことではないはずだ。


 それなのに、何故、再び世界周航航路へ向かうのだ……。 

 
 私達の前に、あの海峡が広がっている。

 以前、この海峡を抜けた時と同じく、空は暗く、強い風が凄まじい勢いで雲を運んでいく。

 だが、この海峡の向こうには、さらなる地獄が広がっている。

 それを知らないエルカノではないはずだ。 
 
 何故、それを知りつつ、再びこの航路に戻ったのか。


 航海者達の間では、マゼラン提督の名を取って、マゼラン海峡、と呼ばれるようになった海峡。

 その海峡をあの男がどんな気持ちで抜けていったのか、私達は計りかねていた。  
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<ルール・居住空間は大切に。>
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by Nijyuurou | 2008-10-11 23:12 | 『世界周航後日譚』

『あの人』

セビリア。
晴天、東の風。  

 ロクサーヌの受けた海峡調査の依頼……これはマゼラン提督の航海をまとめようとしている学者の依頼らしい。

 私達は一旦その学者に会ってみることにした。

 なにしろ、一度は通った航路であるし、記録もまだ残っている。

 ………うまくいけば、現地まで行かなくとも話がまとまる、かもしれない。
 
 そんな甘い予想もあった。


 ところが、である。
 
 私達の顔を見るなり学者は、マゼラン提督の航海記録をお持ちだそうで、と切り出した。
 ロクサーヌが目を丸くし、どもりながら、いえ、知りません、と答える。
 
 私は小さく舌打ちをした。

 昨年、東南アジアで見つけたマゼラン提督の航海記録……私はその記録をここセビリアのタベラ枢機卿に提出し、マゼラン提督の名誉を取り戻すことが出来た。
 その後、記録は私が特に下げ渡して貰って、自宅の書斎の隠し棚の中へと保管してある。

 …あの日誌のことを知っているのは、私の周りでは、ロクサーヌ、ドゥルシネア、マイクロフト、マゼラン提督の娘であるエレナと義父に当たるバルボサ老人、あとはマニラ総督レガスピ…6人だが、その誰もがあの日誌のことを表に出すような人間ではない。
 となると、王宮のどこからか情報が漏れたのだろう。

 私はロクサーヌの前に出ると、首を横に振った。
 あれは、人に見せられる類のものではない。
 マゼラン提督の娘である、エレナの意志にも反する。

 そう言うと、やはりダメですか、と学者は溜息を吐いた。

 やはりとは、と聞き返すと、学者は少しずるそうに笑って、記録を見せて貰えれば、私の記述も一気に進むと思ったのですが、と言う。

 私は思わず苦笑した。
 相手も自分と同じ事を考えているとは、思わなかった。
 だが、こうなった以上、どちらも手抜きは出来ない、と言うことだ。
 
 お互いに肩をすくめあってから、学者は、では、依頼について説明を、と言った。
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 私達は頷いて、傍らのソファーに腰を下ろした。


 …話を聞くとこの学者、マゼラン提督について、驚くほど詳しい調査をしている。
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 航海の記録は言うに及ばず、マゼラン提督の人となりや、履歴等まで、だ。
 どうも気になって、何故そこまでしてマゼラン提督のことを調べるのか、そう聞いてみると、なんと、この学者もかつてマゼラン提督とあったことがあるのだという。
 学者はどことなく照れたような顔で、それ以来、あの人が好きになったのです、と笑った。

 そして私の顔を見て、貴方なら、あの人に挽かれる私の気持ちは分かるでしょう、マルコさん、と言う。

 
 私は頷いた。


 あの人には、有り余る才能を持ちながら、自らの身に降りかかる世間の苦境から抜け出せない……そんな、どことなく哀しいところがあった。

 それは弱さ…なのかもしれないが、ただ、強いだけの者が、本当に優れた統率力……人の心を惹きつける力の持ち主かと言えば、そうではないのが人と人との繋がりの面白いところだ。

 弱さや、哀しみも、一面では、人の心を惹きつける。

 あの人の持っていた静かな哀しみは、まだ子供だった私にとって、本物の男が持っている、男の証、の様に思えたものだ。

 今だってそうだ。


 私は学者に笑い返して、立ち上がった。
 

 ああ。俺もあの人のファンなんだ。
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<ルール・リサーチは確実に>
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by Nijyuurou | 2008-10-09 23:50 | 『世界周航後日譚』

『あの航路』

セビリア。
晴天、東の風。  

 秋の太陽はあくまでも明るく、うっすらと汗の浮いた額を撫でていくアンダルシアの乾いた風が心地よい。
   
 光と影のくっきりとしたこの土地も、人も、私の性に合っている。
 

 …ジェノヴァで資金を稼いだ私は、一旦航路を西に取った。

 潤沢になった操船資金を使い、大口の調査でもこなして、さらに一山当てようという寸法だ。
 そして、こういうことは、やはり大きな都市に限る。
 人の集まる大都市だからこそ、金になる依頼が転がって来るというものだ。
 
 ……冒険者ギルドの扉を開くと、やはり中は人でごった返していた。
 大小様々な依頼が集まるこのギルドだが、やはり大都市のギルドは人が多い。
 
 依頼の斡旋人の所に顔を見せると、彼は顔をほころばせて、待っていました、と声を掛けてきた。
 私は内心ほくそ笑んだが、経験ある冒険者としてあくまで表には見せず、依頼人には威厳ある表情で頷き返す。
 
 ところが、斡旋人は、マルコさんではなくて、ロクサーヌ様に依頼があります、と、私の横をすり抜けた。

 ロクサーヌは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしていたが、依頼人の勢いに負けたように何度か頷いた。
 
 何でも、世界周航を成し遂げ、タベラ枢機卿からサーカムライナーの称号を授けられた、ロクサーヌ船長に、是非に、との依頼があるのだという。
 
 私はしばし、記憶を手繰った。
  
 ………そういえば、確かに世界周航をした時、船長名をロクサーヌの名前で登録して出航した気がする。

 私は思わず口を三角にして口ごもり、斡旋人は酷く意地の悪い顔で、お話を進めてよろしいですか、とロクサーヌに聞いた。

 ロクサーヌが頷くと、斡旋人は依頼内容について説明を始める。
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 つまり、南米最南端、ウシュアイア東の海峡についての調査である。
 しかも、この依頼はフェルディナンドさん………マゼラン提督にまつわる依頼でもある。

 私は即座に、勿論やるとも、と力強く頷いた。 
 だが、斡旋人は笑顔で、貴方には聞いてません、と言ってのける。 
 思わず斡旋人の首を絞め掛けたが、ハーフェズが私を羽交い締めにして、向こうはロクサーヌをご氏名なんだ、と楽しそうに笑った。

 当のロクサーヌはちょっと困ったような笑顔で首をかしげていたが、やがてそれでは、お引き受けしましょう、と軽く頷いた。

 ハーフェズが私を突き飛ばして、了解、船長、とロクサーヌに敬礼した。
 たたらを踏んだ私に、ロクサーヌが、船長、それでよろしいですか、と尋ねてくる。

 私は斡旋人とハーフェズに物騒な一瞥をくれつつ、それでかまいません、船長、と答えた。

 ロクサーヌは一瞬困った顔をしたが、直ぐにすました表情に戻ったかと思うと、こほん、と一つ咳払いをして、では、マルコ君、ハーフェズ君、行きましょう、と私達を促し、軽い足取りで表へと出て行く。

 私とハーフェズは顔を見合わせ、へい、船長…そう答えて彼女の後を追った。


<ルール・依頼の筋は守ろう>
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by Nijyuurou | 2008-10-07 23:09 | 『世界周航後日譚』