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大航海時代online Boreasサーバー  マルコの航海日誌


by Nijyuurou
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『Cruz del Sur』

 9月3日、ウシュアイア。

 世界周航の旅は南米最南端の港に差し掛かった。

 思えば遠くに来たものである。

 ここから先は私達にとって全くの未知の海である。

 だが、あの海の向こうには間違いなく香料諸島があるのだ。




 しばしの休息を終え、出航の準備に掛かる。
 
 物資の積み込みに際し、私はともかく大量の水とシードル、そしてワインを積むように指示を出した。

 何はなくとも、長期の航海でもっとも不足するのは水である。
 
 保存の利くワインを多めに積み、水にはさらし粉を大量に放り込んだ。
 理屈はよくわからないが、こうやっておくと水の持ちが良くなると、ある錬金術師に習ったのだ。
 
 食料はいつものようにビスケット、豆類、塩漬けの肉、干した果物。
 調味料に、塩、砂糖、…今回はバターではなくオリーブオイルを積み込むことにする。
 なにしろ長期航海になると、バターは臭う…。
 
 船倉には卵を取るためのニワトリを積み、特別な時の為に使うための豚を一頭積み込んだ。

 ロクサーヌは自分の好きなのキャベツの酢漬けを大量に積むことを要求し、結果、数樽のもの大量の酢漬けが船に積み込まれることになった。
 彼女は野菜だけ食べていれば生きていけると言うが…ともかく、あの大量の酢漬けは船員みんなで力を合わせて消費するしかあるまい。

 後は調味料、香辛料の類をたっぷりと積み込んで出来上がりだ。
  
 前回インドに行った際に積み込んだ香辛料も、今回の航海で使い切る覚悟である。
 このままインドまで廻ることが出来れば、またそこで仕入れればよいだけの話だ。 

 この、香辛料は私の船の密やかな自慢である。
 私の船ではコショウであれ、メースであれ、パイナップルの様な珍菓であれ、基本的にすべて交易品としては扱わない。
 口に入るものは、あくまで食料品、香辛料として扱い、船員の口に入る。
 時折、気まぐれに密輸したりすることもあるが、口に入るものは基本的に船内消費するのが私の船のやり方である。
 胡椒のきいた干し肉のスープ、等という王侯貴族の口にするようなものが船長の私や副官のみならず、水夫の隅々まで供される。
 おかげで船員一同、食事に関してはかなりうるさくなった…。

 多くの船…イギリスの海軍などでは、どうも艦長、士官と一般の水夫の食事は大きく隔たりがあるらしい。
 だが、文献を紐解いてみると、中世には船長も船員も同じテーブルで食事をし、階級で食事に差別をつけるようなことはなかったらしい。
 私の船もその伝統に則っている。
 船長がいくらか優遇されているのは、他の船員よりわずかに配給の量が多いと言うことだろうか。
 ただし、『船長の皿から掠め取るのは自由である』という伝統も、残念ながら息づいている……。

 
 ともあれ、十分な準備を行い、私達は西に向かった。

 しばらくはパタゴニアの強い風と寒波、そして低くたれ込めた空が続く。

 だが、やがて荒れていた波は穏やさを取り戻し、空が怖いくらいに晴れ渡る様になった。
『Cruz del Sur』_c0124516_21581514.jpg
 
 マイクロフトが呟く。

 『マール・パシフィコ』・・・平和の海とはよく言ったものだ。
 ここから先は目的地であるワンガヌイまでは港どころか島一つ無い大海原が広がっているという。
『Cruz del Sur』_c0124516_21583233.jpg
 
 決然と言うマイクロフトに、私は黙って頷いた。

 
 …とはいえ、私がやっていたのはおおむね釣りである。
 
 釣った。

 それはもう、ひたすら釣ったのだ。

 『花の聖母マリア』号の乗員は23名。
 一日必死に釣りあげれば、その日の夕食は全員が干し魚ではなく、新鮮な魚にありつける。
 
 初めは酔狂なものを見る目で見ていた船員達だったが、ビスケットから虫が顔を出すようになるにつれ、一人、また一人と釣りに加わるようになった。
 やがて皆競うように釣りをするようになり、時にマグロなどを釣り上げたものは、その日一日英雄のような顔をするようになったものだ。

 おかげで食糧事情は先の世界周航艦隊と比べて、格段によかったと思う。

 そして、それがそのまま航行の余裕につながった。
 

 最初の世界周航艦隊…フェルディナントさんの艦隊は水、食料も満足に補給できない状況でこの海に乗り出したという。

 当時の海は、向こうの見えないもので、その海の向こうに陸地があるとは限らなかった。

 今はこの海の入り口に小さいながら補給港が出来、目的地の座標もわかっている。
 
 いわば、彼等の冒険が私達を守ってくれているのだ。


 …とはいっても、真水は少しづつ変質し黄みがかっていき、塩漬け肉もだんだん軟らかくなっていく……。
 こればかりはどうしようもない。
 
 だが、大量に積み込んだワインと、釣り上げる魚、そしてロクサーヌの積み込んだキャベツの酢漬け……これは時間が経っても十分に食べられる…この三つが私達の航海を支えている。

 まだ十分に食料は持つ…その気持ちが、まるで地中海を航海するような気持ちで航海を続けさせてくれたのだ。

 風は順風で、私達の航海を後押しするように力強く吹いている。

 空は抜けるよう青く、雲はどこまでも白く、気候は少々熱くとも、穏やかだ。
 もちろん、インド洋のまるで殺気をはらんだような凶暴な熱気はない。
 
 船員達は日中に激しく動くことを避け、消耗を防ぎつつ航行を維持していた。

 それでも十分に航行できる穏やかさが、この海にはあった。

 そして、今日もメインマストの作ってくれる日陰に陣取って、今日の食い扶持を確保するために釣り糸を垂れる。
 副官2名も釣りに参加していたが、いつまでも釣り餌を上手く針に付けられず、いつも私が二人の分の餌付けをやらされた。
 アメデオも船の状況を知っていたのだろうか、この航海の間は魚籠の魚に手を付けようとはしなかった。

 そうこうしているうちに一日は瞬く間に過ぎた。
 
 日が傾き、夜の帳が降り始めると、空の色は優しい茜色に染まった。
 北海の血の色のような残照とは異なり、穏やかな色が空を覆い、徐々に色褪せていく。

 涼しくなってくると皆で甲板に這い出してきて、ワインの入った椀を手に食事を取った。

 追いつめられた航海ではなかったが、陸の見えない長い航海で、誰もが少なからず不安を抱えていたのだろう。
 粗末な食事だったが、毎日ひどくにぎやかに食事になった。
 エレナはさほど強くないシードルがお気に入りになったが、あまり強くないせいか真っ赤な顔になり、私は酔ってないよ、とまるで本物の酔っぱらいの様なことを言う。

 船員の中にフィドルを弾ける男がいて、ここぞとばかりにかき鳴らし、私達は手拍子を取って歌う。
 マイクロフトはあれでなかなか歌が上手く、渋い声で舟歌を歌っては何度も喝采を浴びた。 
 負けじとロクサーヌが故郷の歌を歌い、ドゥルシネアがギターを掻き鳴らして、エレナはそれに合わせて綺麗な声で歌った。
 私もまた、聞き覚えたカンツォーネを歌う。
 船員の誰もが、心の中にぽつんと浮かぶ不安を振り払うように歌を歌った。  

 夕日を浴び、歌声を響かせて進む『花の聖母マリア』号はさぞかし奇妙な船であろうと思う。

 ……やがて宴も終わり、夜が世界を包み込と、青い闇がまるで天鵞絨のように空に広がって、月の光が波間に煌めく様はまるで夢のようだ。
 また、月の無い夜は、夥しい星がそれぞれの居場所でそっと優しく輝いていて、今はもう失われかけた古代の伝説をふと思い出させてくれる。


 そんな夜…ふと、空を見上げると、南十字星がまるで空に掛かるロザリオのように煌めいて、私達に航路を示していた。
 
『Cruz del Sur』_c0124516_215094.jpg
 

 楽な航海ではなかった。
 
 楽な航海ではなかったが、けして辛い航海ではなかったと思う。

 ある日見張り台の上のドゥルシネアが、陸が見える、と騒ぎ始めるまで、『平和の海』が私達に牙をむくことはなかったのである。

 単なる幸運かもしれないが、今思えば『平和の海』は私達を温かく迎えてくれた気がするのだ。


<ルール48 『冒険に歌を忘れないこと。』>
by Nijyuurou | 2007-09-08 21:47 | 『Circumnavigation』