『刻印の指輪』
2008年 09月 07日
9月7日、オポルト。
あのおかしな祈祷師に言われるがままにオポルトまできてしまった。
リスボン近くの埠頭のある街、と言うことだが、私の記憶ではこのオポルトくらいしかないはずだ。
……祈祷師等という非科学的なものを頼りに調査をしているというのは、大変不本意な気持ちだ。
天気はと言えば、雲は低く垂れ込め、いやな風が海から吹いてきており、ますますやる気を減退させてくれている。
私は口を半開きにして、露店で買ったバーベキューを両手に持って、ブラブラと埠頭の方へ歩いていった。
埠頭に一人の老人が海を眺めて座っていた。
本当にいた。
私は思わず隣にいたハーフェズと顔を見合わせた。
若干混乱した頭のまま、意味もなく頷き合う。
あげる、と言ってハーフェズにバーベキューを渡す。
ありがと、と言って、ハーフェズはバーベキューを囓った。
私はバーベキューはそのままに老人の方へと歩み寄った。
身なりの良い老人であった。
着ているものもしっかりしていたが、何より小物の類までもきちんと金のかかった逸品ばかりである。
特に怪しい感じはしない。
少なくとも、見た目は、だが。
失礼、と私は声を掛けた。
老人は、近寄ってきた私を一瞥すると、直ぐにまた海に目を戻す。
老人>ふむ、この老いぼれに何か用かな?
老人は海を眺めたまま、そういった。
………何か、用か、と言われても、困るのだ。
祈祷師に言われてきました、と言うのもおかしな話だし、とても幽霊船やら海賊やらに縁のある人物にも見えない。
私は仕方なく、祈祷師に言われた話を阿呆のように繰り返した。
老人>…アゾレスに出没する謎の船の正体? それに男の深い憎悪、女の悲痛な叫びじゃと?なんのことだかさっぱりわからん話じゃが…。たしかに北大西洋あたりは最近物騒だともっぱらの噂じゃな。お前さんも気をつけるといい
…聞いている私の方もさっぱり訳が分からないのだ。
老人がそういうのも無理はない。
私は、出しょうね、私も訳が分からない、と老人に肩をすくめて見せて、失礼しました、と頭を下げた。
老人は穏やかに微笑んで、いいとも、老いぼれには良い退屈しのぎさ、と笑った。
そして、
老人>男の深い憎悪と女の悲痛な叫び…。誰から聞いたのか分からんが、この歳まで生きてれば、そんなことは珍しくないもんじゃよ。人生とはそんなもんじゃ…
今度は少し苦い笑みを見せて、そう言った。
老人>役に立つ話もできんで悪いんじゃが、わしを一人にしておくれ。それに風も強くなったようじゃ、航海者さんもそろそろ戻ったほうがいい
そして、再びじっと海に目を向ける。
…もっと詰めて聞けば、何か聞き出せるかもしれない、私はそう思った。
だが、その気はすでに無くなっていた。
おそらく、老人も、過去に何かあったのだろう。
だが、それはきっと触れられたくない過去だ。
何でも屋が無神経に触れていい過去ではない。
私はもう一度老人に頭を下げると、港に向けて歩き出した。
埠頭の出入り口で待っていたハーフェズが、どうだ、と聞いてくる。
私は、今回の依頼は失敗だぜ、と首を振って、ハーフェズの手からバーベキューをひったくった。
ハーフェズは、俺のバーベキューだ、と文句を言った。
私は、もともとは俺のだろ、と言い返した。
私達は、バーベキューの所有権について、言い争いをしつつ、リスボンへと戻る。
老人が言ったように、海からの風がまた強くなってきたようだった。
さて、そして帰り道の話になるのだが……。
夜半、リスボンに帰ると、港は活気を取り戻していた。
大型船の出航を見送りつつ、港を歩いて、くだんの運び屋のところに行ってみると、おお、マルコ、何か分かったか、と笑顔で迎えてくれた。
私が若干小さくなりつつ、実は、と調査のいきさつを説明すると、
運び屋>祈祷師がそんなことを? 何のことなのかさっぱりわからんな…。老人にも会ってみたが何も知らないと…
ふむふむ、と明るく頷いた。
私さらにもう一回り小さくなり、と言うわけで、結局調査の結果、一体何が起きてるのか分からない、とそう言った。
だが、運び屋はさらに明るい顔で、いや、その件ならもう良いんだ、と答える。
なんだと、どういう事だ。
尋ねる私に、運び屋は、実は海軍やら賞金稼ぎの連中やらが大挙して出て行って、北太平洋の正体不明の艦隊をあらかた片づけたのだ、と教えてくれた。
つまり、俺はいらない子か、と私は尋ねた。
つまるところは、と運び屋が答える。
いわゆる無駄働きという奴である。
大山鳴動して鼠一匹、か。
私は疲労感とともに呟いた。
運び屋は、まあ、俺としては結果が良ければそれで良いんだがな、と笑顔を見せて、
運び屋>街中を歩き回って疲れたろう? これはそのお礼だ。見た目は古いがひょっとしたら骨董品として高値で売れるかもな
私の手に何かを握らせると、気の毒そうに肩を叩いてきた。
運び屋>お疲れさん! また何か新しい情報が分かり次第、教えてくれよな!
明るい声を背に受けて、私は呆然と『花の聖母マリア』号へと歩き出した。
ただ、徒労感だけがどっと押し寄せてくる。
…ふと、先ほど渡された手の中のものに目をやった。
これだけ大騒ぎして、手に入れたものをまだ確認していなかった。
これで、報酬がケチなものだったら、それこそ救われない。
それは、刻印の入った美しい指輪だった。
型から言って、3~40年ほど前のものだろうか、宝石も何もついてはいないが、しっかりとした細工の指輪である。
裏面に、JとAの刻印がある。
ひょっとして、婚約指輪のようなものだったのかもしれないが、そこそこ価値はあるだろう。
私は少々気を取り直し、指輪をポケットに収めると、クリスティナに指輪をプレゼントしたら喜ぶだろうか、
(私 : 愛してるぜ、クリスティナ)
(クリスティナ : 私もよ、マルコ〈ちゅー〉)
等と楽しい想像を始めた。
……少し疲れているかもしれない。
さて、船に戻ってみると、ドゥルシネアが、どうだった、と声を掛けてきた。
短く経緯を説明すると、ドゥルシネアはちょっと得意そうに、ほら、なんて事無い依頼だったでしょ、と胸を張る。
なんて事無いどころか、なんにも出来ない、だ、と私が訂正すると、幽霊船に怯える事なんて無いって事、とさらに胸を反り返された。
私は小さく溜息を吐いた。
ドゥルシネアも真顔に戻り、それで、これからどうしようか、と尋ねてくる。
なんだか、風が強くなってきたけど、出航するの、とドゥルシネアが言った。
最近の俺も逆風まっしぐらだ、と私は答え、空を見上げる。
海からの風は、ますます強くなってきていた。
気のせいか、女の泣き声のような唸りをあげて、船のマストを吹き抜けていく。
しばらく、出航は見合わせた方が良いかもしれない。
こんな天気だと、近海といえども何が起こるか分からない。
私はドゥルシネアに出航中止を命じると、船室に戻り、ウィスキーのボトルを開けた。
こんな夜は飲んで寝てしまうのが一番だ。
まるで幽霊船でも出そうな夜である。
<ルール・人生は大体において非科学的である>
あのおかしな祈祷師に言われるがままにオポルトまできてしまった。
リスボン近くの埠頭のある街、と言うことだが、私の記憶ではこのオポルトくらいしかないはずだ。
……祈祷師等という非科学的なものを頼りに調査をしているというのは、大変不本意な気持ちだ。
天気はと言えば、雲は低く垂れ込め、いやな風が海から吹いてきており、ますますやる気を減退させてくれている。
私は口を半開きにして、露店で買ったバーベキューを両手に持って、ブラブラと埠頭の方へ歩いていった。
埠頭に一人の老人が海を眺めて座っていた。
本当にいた。
私は思わず隣にいたハーフェズと顔を見合わせた。
若干混乱した頭のまま、意味もなく頷き合う。
あげる、と言ってハーフェズにバーベキューを渡す。
ありがと、と言って、ハーフェズはバーベキューを囓った。
私はバーベキューはそのままに老人の方へと歩み寄った。
身なりの良い老人であった。
着ているものもしっかりしていたが、何より小物の類までもきちんと金のかかった逸品ばかりである。
特に怪しい感じはしない。
少なくとも、見た目は、だが。
失礼、と私は声を掛けた。
老人は、近寄ってきた私を一瞥すると、直ぐにまた海に目を戻す。
老人>ふむ、この老いぼれに何か用かな?
老人は海を眺めたまま、そういった。
………何か、用か、と言われても、困るのだ。
祈祷師に言われてきました、と言うのもおかしな話だし、とても幽霊船やら海賊やらに縁のある人物にも見えない。
私は仕方なく、祈祷師に言われた話を阿呆のように繰り返した。
老人>…アゾレスに出没する謎の船の正体? それに男の深い憎悪、女の悲痛な叫びじゃと?なんのことだかさっぱりわからん話じゃが…。たしかに北大西洋あたりは最近物騒だともっぱらの噂じゃな。お前さんも気をつけるといい
…聞いている私の方もさっぱり訳が分からないのだ。
老人がそういうのも無理はない。
私は、出しょうね、私も訳が分からない、と老人に肩をすくめて見せて、失礼しました、と頭を下げた。
老人は穏やかに微笑んで、いいとも、老いぼれには良い退屈しのぎさ、と笑った。
そして、
老人>男の深い憎悪と女の悲痛な叫び…。誰から聞いたのか分からんが、この歳まで生きてれば、そんなことは珍しくないもんじゃよ。人生とはそんなもんじゃ…
今度は少し苦い笑みを見せて、そう言った。
老人>役に立つ話もできんで悪いんじゃが、わしを一人にしておくれ。それに風も強くなったようじゃ、航海者さんもそろそろ戻ったほうがいい
そして、再びじっと海に目を向ける。
…もっと詰めて聞けば、何か聞き出せるかもしれない、私はそう思った。
だが、その気はすでに無くなっていた。
おそらく、老人も、過去に何かあったのだろう。
だが、それはきっと触れられたくない過去だ。
何でも屋が無神経に触れていい過去ではない。
私はもう一度老人に頭を下げると、港に向けて歩き出した。
埠頭の出入り口で待っていたハーフェズが、どうだ、と聞いてくる。
私は、今回の依頼は失敗だぜ、と首を振って、ハーフェズの手からバーベキューをひったくった。
ハーフェズは、俺のバーベキューだ、と文句を言った。
私は、もともとは俺のだろ、と言い返した。
私達は、バーベキューの所有権について、言い争いをしつつ、リスボンへと戻る。
老人が言ったように、海からの風がまた強くなってきたようだった。
さて、そして帰り道の話になるのだが……。
夜半、リスボンに帰ると、港は活気を取り戻していた。
大型船の出航を見送りつつ、港を歩いて、くだんの運び屋のところに行ってみると、おお、マルコ、何か分かったか、と笑顔で迎えてくれた。
私が若干小さくなりつつ、実は、と調査のいきさつを説明すると、
運び屋>祈祷師がそんなことを? 何のことなのかさっぱりわからんな…。老人にも会ってみたが何も知らないと…
ふむふむ、と明るく頷いた。
私さらにもう一回り小さくなり、と言うわけで、結局調査の結果、一体何が起きてるのか分からない、とそう言った。
だが、運び屋はさらに明るい顔で、いや、その件ならもう良いんだ、と答える。
なんだと、どういう事だ。
尋ねる私に、運び屋は、実は海軍やら賞金稼ぎの連中やらが大挙して出て行って、北太平洋の正体不明の艦隊をあらかた片づけたのだ、と教えてくれた。
つまり、俺はいらない子か、と私は尋ねた。
つまるところは、と運び屋が答える。
いわゆる無駄働きという奴である。
大山鳴動して鼠一匹、か。
私は疲労感とともに呟いた。
運び屋は、まあ、俺としては結果が良ければそれで良いんだがな、と笑顔を見せて、
運び屋>街中を歩き回って疲れたろう? これはそのお礼だ。見た目は古いがひょっとしたら骨董品として高値で売れるかもな
私の手に何かを握らせると、気の毒そうに肩を叩いてきた。
運び屋>お疲れさん! また何か新しい情報が分かり次第、教えてくれよな!
明るい声を背に受けて、私は呆然と『花の聖母マリア』号へと歩き出した。
ただ、徒労感だけがどっと押し寄せてくる。
…ふと、先ほど渡された手の中のものに目をやった。
これだけ大騒ぎして、手に入れたものをまだ確認していなかった。
これで、報酬がケチなものだったら、それこそ救われない。
それは、刻印の入った美しい指輪だった。
型から言って、3~40年ほど前のものだろうか、宝石も何もついてはいないが、しっかりとした細工の指輪である。
裏面に、JとAの刻印がある。
ひょっとして、婚約指輪のようなものだったのかもしれないが、そこそこ価値はあるだろう。
私は少々気を取り直し、指輪をポケットに収めると、クリスティナに指輪をプレゼントしたら喜ぶだろうか、
(私 : 愛してるぜ、クリスティナ)
(クリスティナ : 私もよ、マルコ〈ちゅー〉)
等と楽しい想像を始めた。
……少し疲れているかもしれない。
さて、船に戻ってみると、ドゥルシネアが、どうだった、と声を掛けてきた。
短く経緯を説明すると、ドゥルシネアはちょっと得意そうに、ほら、なんて事無い依頼だったでしょ、と胸を張る。
なんて事無いどころか、なんにも出来ない、だ、と私が訂正すると、幽霊船に怯える事なんて無いって事、とさらに胸を反り返された。
私は小さく溜息を吐いた。
ドゥルシネアも真顔に戻り、それで、これからどうしようか、と尋ねてくる。
なんだか、風が強くなってきたけど、出航するの、とドゥルシネアが言った。
最近の俺も逆風まっしぐらだ、と私は答え、空を見上げる。
海からの風は、ますます強くなってきていた。
気のせいか、女の泣き声のような唸りをあげて、船のマストを吹き抜けていく。
しばらく、出航は見合わせた方が良いかもしれない。
こんな天気だと、近海といえども何が起こるか分からない。
私はドゥルシネアに出航中止を命じると、船室に戻り、ウィスキーのボトルを開けた。
こんな夜は飲んで寝てしまうのが一番だ。
まるで幽霊船でも出そうな夜である。
<ルール・人生は大体において非科学的である>
by Nijyuurou
| 2008-09-07 23:24
| 『アゾレスの亡霊』