ブリテン島北部。
晴れ、北の風。
ロンドンで『プリマヴェラ』…いわゆる作戦用コルヴェットに乗り換えた後、我々は急ぎ北の海域へと向かった。
漁師から聞いた海賊の集まるという位置と、ダブリンから逃げた海賊斥候部隊の速度を計算すると、ギリギリ本隊への合流を阻止出来る計算だ。
とはいえ、1日、2日と日が経つにつれて、少しずつ焦燥感が高まってくる。
もし、追いつけなかったのならば、何もかもが水の泡と帰すのだ。
普段は追われることの多い私だが、追い掛ける立場になってみると、何とも嫌なものである。
その追走劇にようやく終止符が打たれたのは、問題の海域の直前だった。
ちょうど船長室で毛布にくるまっていた私は、誰かに揺り起こされ、眠い目を開けた。
誰かと思えば、ロクサーヌが、両手に手旗を持って立っている。
すでに早暁で、一番寒い時間だ。
少々めんどくさい気持ちで毛布をしっかりと握りつつ、どうした、と尋ねると、追いつきました、と短く答えがあった。
私はナイトキャップを脱ぎ捨て、いつものピューリタンハットを乱暴に被りながら、距離は、と尋ねた。
後5分です、とロクサーヌがやはり短く答え、向こうにどう信号を送りますか、と聞いてくる。
私は少し考えてから、ロクサーヌに耳打ちした。
ロクサーヌは本当にそれでいいんですか、としかめっ面をした。
私は少々意地悪な顔を作って、不服か、と尋ねる。
ロクサーヌは、いえ、と、また短く答え、少々膨れたように船長室を出て行く。
私は心の中で舌を出した。
腰にサーベルを押し込みながら甲板に出てみると、そこはすでに蜂の巣を突いたようになっていた。
大砲を引き出してくるもの、甲板に滑り止めの砂を撒くもの、祈りを捧げるもの………様々だ。
ハーフェズは御愛用のフリントロックに弾を込めながら、お前が一番ネボスケだな、と悪態をつく。
私は、主役は最後に登場するんだ、と答えながら、マスト上を見上げた。
そこでは、ロクサーヌが真っ赤な顔をして、敵に手旗の信号を送っている。
甲板の水夫達も彼女の方を見上げていたが、皆、一様に、どことなくおかしそうな顔であった。
だが、海賊達にとってはそうではなかったようで、ロクサーヌが手旗を終えると同時に反転を開始、こちらに向かって来る。
やる気だ。
私は、戦闘準備、と叫ぶ。
ロクサーヌがマストから滑り降りて来つつ、敵はやはりお気に召さなかったようですね、と憮然として言った。
だが、一番お気に召さなかったのは、海戦に美学と言うものを求める、海軍出身の彼女だろう。
なにしろ、私はこう通信するように指示したのだ。
『Trick or Treat』
晴れ、北の風。
ロンドンで『プリマヴェラ』…いわゆる作戦用コルヴェットに乗り換えた後、我々は急ぎ北の海域へと向かった。
漁師から聞いた海賊の集まるという位置と、ダブリンから逃げた海賊斥候部隊の速度を計算すると、ギリギリ本隊への合流を阻止出来る計算だ。
とはいえ、1日、2日と日が経つにつれて、少しずつ焦燥感が高まってくる。
もし、追いつけなかったのならば、何もかもが水の泡と帰すのだ。
普段は追われることの多い私だが、追い掛ける立場になってみると、何とも嫌なものである。
その追走劇にようやく終止符が打たれたのは、問題の海域の直前だった。
ちょうど船長室で毛布にくるまっていた私は、誰かに揺り起こされ、眠い目を開けた。
誰かと思えば、ロクサーヌが、両手に手旗を持って立っている。
すでに早暁で、一番寒い時間だ。
少々めんどくさい気持ちで毛布をしっかりと握りつつ、どうした、と尋ねると、追いつきました、と短く答えがあった。
私はナイトキャップを脱ぎ捨て、いつものピューリタンハットを乱暴に被りながら、距離は、と尋ねた。
後5分です、とロクサーヌがやはり短く答え、向こうにどう信号を送りますか、と聞いてくる。
私は少し考えてから、ロクサーヌに耳打ちした。
ロクサーヌは本当にそれでいいんですか、としかめっ面をした。
私は少々意地悪な顔を作って、不服か、と尋ねる。
ロクサーヌは、いえ、と、また短く答え、少々膨れたように船長室を出て行く。
私は心の中で舌を出した。
腰にサーベルを押し込みながら甲板に出てみると、そこはすでに蜂の巣を突いたようになっていた。
大砲を引き出してくるもの、甲板に滑り止めの砂を撒くもの、祈りを捧げるもの………様々だ。
ハーフェズは御愛用のフリントロックに弾を込めながら、お前が一番ネボスケだな、と悪態をつく。
私は、主役は最後に登場するんだ、と答えながら、マスト上を見上げた。
そこでは、ロクサーヌが真っ赤な顔をして、敵に手旗の信号を送っている。
甲板の水夫達も彼女の方を見上げていたが、皆、一様に、どことなくおかしそうな顔であった。
だが、海賊達にとってはそうではなかったようで、ロクサーヌが手旗を終えると同時に反転を開始、こちらに向かって来る。
やる気だ。
私は、戦闘準備、と叫ぶ。
ロクサーヌがマストから滑り降りて来つつ、敵はやはりお気に召さなかったようですね、と憮然として言った。
だが、一番お気に召さなかったのは、海戦に美学と言うものを求める、海軍出身の彼女だろう。
なにしろ、私はこう通信するように指示したのだ。
『Trick or Treat』
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by Nijyuurou
| 2008-11-22 21:47
| 『死者の祭りに日が暮れて』